カツカレーライス大盛り


大きな橋に差し掛かり バスが2度揺れると、
頬に当てていた手の平からずれ落ちて 僕は目を覚ました。
慌てて外を見る。
そして信号にバスが止まるまで、ずっと見ていた。
軽いクラクションが鳴り終わると居眠りを叱る様に、
バスはスピードを増して行く。
少し空いたままのガラス窓からは 冷たい風が流れ、
窓を閉めても感じるほど 沢山の思い出が在るこの町を、
僕はずっと離れて暮らしていた。

理由も無い、バイト先での言い合い。
カッとなって飛び出した。
行き交う人全てが同じに見え、自分の場所が在るとは思えずに
僕はバスに乗った。

「次は三十三番町、三十三番町です。 ○×へお越しの方は….」
乾いた声が、朝から何も食べていないと気付かせる。
十円玉を窓際に並べて、僕はここで降りる事を決めた。

3月も終わりが近い。
だけど今だ外は寒く、
子供の知らない所には 昨日の雪が残っている。
「自慢のハーフコートは、まだ着れそうだな。」
信号にバスが止まる頃、赤いボタンを2度押した。

「カツカレーライス。」
そう答えるとウエイトレスの女の子は、かわいい笑顔を見せた。
国道沿いの小さな川、
くたびれたビルのテナントに『coffee専門館』が在る。
壁掛けのメニューには、コーヒーとカレーが並び、
ドアを鳴らした客は その2つを頼む。
それは、今でも変わっていない。

専門館に来始めの頃には、
毎日訪れる僕の顔に困惑さえ見せていたけれど。
やがては、全部知っているみたいに 何も言わずに笑顔をくれた。
何も言わないけれど、君のカツカレーは いつも大盛りだった。

「大盛りで!」
大きな声にウエイトレスの子は驚いた様だけれど、
すぐに笑顔を見せてくれたので今度は僕も笑う。
本当に、ここはあの頃のままなのかも知れない。

なぜ、僕はここに居るのだろう。
”何も変わらない。”
そう見えたこの町にも同じだけの時間が流れ、壊れ、作られて行く
どこにも、どこへ行っても 君に逢えはしないのに、
さまよい、たどり着いたのだろうか…。

「お待たせしました。」
懐かしい声に、僕は顔を上げる。
整然と置かれたカツカレーとアメリカン。
ウエイトレスの君は首を傾げて明け方の夢の様に、
懐かしい笑顔を見せた…。


何度もスプーンを鳴らし、何度も水を飲んだ。
それでも、涙は止まらなかった。
心配そうに見つめるウエイトレスの子に、振るえる声で言った。

「すみません。水を下さい。」
大盛りのカツカレーは、あの頃と同じ味がした。

「旨いよ…。毎日だって、食べていたかった…。」
何度もスプーンを鳴らし、何度も水を飲んだ。
それでも、涙は、止まらなかった。

店長に謝ろうと思う。
忙しい時期だ。僕でも居なければ大変だろう。
信号に止まらない様 願いながら、
大きな橋にバスが2度揺れるのを待って、
僕はまた、眠る事にした。