| しあわせ |
30キロほど走って、西へ向いていたと気付いた。 日頃太陽で方角を判断するなんて事をする人間ではないので、 夕日を見て、ようやく道を間違っていた事に気付いたのだ。 明るい内に、美味そうな店を見つけて夕食としたかったのだが、 まだまだ、県境の山を越える事は出来そうに無い。 力ずくでも、 一切の不安を払いのけ、俺は君を幸せにしてやりたい。 与えられた事に、やはり全てを委ねられるとは思えないが、 それでも、目に映る全てのものを、君自身として俺は与え続けたい。 欠けている時間を、全て取り戻す様に。 海沿いの道で、迷う事は少ない。 何時も大きな海を見ていられるので、 (カーブ等で見えないと、やはり不安になる。) 何があるとも思えぬ道より幾分、気楽に走っていられる。 遠回りにはなりはするのだが、“目的地の無い”日には、 それが一番良い。 そもそも、今を楽しめないのであれば、ここに居る理由は無い。 心、奥底には”人”として生きる事への矛盾の結果。 傷が仕舞い込まれている。 同じ過ちを繰り返さない様に、同じ場所へと続く道へ迷い込まない様に、 「忘れた」としても、決して消えない瞬間が、じっと心にある。 ピーマンが嫌いな大人からは、未経験から不用意に触ろうとして、 その鋭い牙に噛み付かれた思い出話を聞けるだろうし、 水に浮かばない者は、子供の頃に水に受け入れられる為の 儀式をし忘れてしまったからだ。 それは、今となっては取り返しの付かない事であるから、 以後は決して手に入る事の無いその事柄の代わりを探さなくてはならない。 方法が分かっているのなら、これこそが”しあわせ”と呼べるかもしれない。 材料は何かと毎食聞く事と、浮き輪か砂漠の中に住む事だ。 登りの山道へと入ってしまえば下り道まで進まねば、やはり気が済まない。 サルの群れや、大滝。冷たい空気や、開けた景色。 そう言ったものを見かける事は稀であるから、この場合何処を通ろうと同じなのだが、 「あの山道には、何があったろうか?」 引き返せないのだから、俺はずっと気に留めるハメになる。 それは今の自分がとても不十分な姿とみえてしまうので、 ここはやはり、進むしか俺には出来ない。 北と南。東と西。そしてその相互。 島国であるのだから、大抵大きな道がある。 多くの人が通るその道には、コンビニやGS。故障を直す機構等が在る。 過ごしてしまったとしても、20分も走ればまたそれに停まる事は容易だ。 そして、迷う事の無い様にと標識もあるし、 心に居付いてしまう様な、出来事も少なくて済む。 それが正しいか、間違いなのかは、 目的地がある者にしては、意味の無い判別だろう。 ずっと目を閉じていられる。 そうして、一日中眠っていてほしい。 同じ光景が、目を開いた時にはあるので、 無理矢理に昨日を思い出す事もしなくて良い。 始める事も、終わらせる事も。 今があればそれで良いと、思えるのだから。 電灯の光が届く範囲に停まり、俺はやはり眠ってしまった。 夜深くに目覚めてしまう事は、なるべくなら避けた方が良い。 新たに見る事が出来なくなると、 今在る事柄だけで、これからを判断しなければ成らないからだ。 何が在ったかも知れない道を進み行くか。 考え疲れ、また眠ってしまうのをじっと待つか。 どちらにしろ、向かう場所が決まっては居ないのだから、 いずれは、それを探す為にでも、進まなくては成らない。 「それが”しあわせ”と言得るのか?」 今が永遠に続くよりは、余程幸せだろう。 ここは何があるのか分からない山奥だ。 砂漠に住むのであれば、 水の代わりに、俺の血を捧げもしよう。 どうしても食べなければ成らないのであれば、 俺の肉と混ぜてしまえば良い。 多少は、まぎれもするだろう。 だけれど、君に欠けているものは、 やはり君にしか、分かり様が無い。 言葉にする事が出来ないなら、 与えたものの中から省いてさえくれればいい。 やがては、それが残るだろう。 夜が明けたのだから、俺はまた南を目指す。 ビルが増え、代わりに道に迷う事が少なくなる。 この街に何があるのか俺は知らないので、 どこに向かえば良いのか分かる筈も無い。 ただの通過点かもしれないので、ひたすらに進むだけだ。 他の方法を知らない君が、望まない限りは、 俺は進み、”欠落”を知らされる事も無い。 血と肉があるだけ、今は”しあわせ”だ。 |